たとえ人を引っ張る自信がなくてもリーダーにはなれる!
和泉 安倍晋三政権では成長戦略のひとつとして「女性の社会進出」を掲げています。育休後の女性の職場復帰や女性管理職の登用を施策の柱とし、女性管理職については2020年までに30%に増やす「2030(にいまる・さんまる)」をめざしていますが、現場の意識は変わっているのでしょうか?
塩谷 頭では理解していても、意識レベルで変わっているかどうかは疑問ですね。それは男性、女性ともにです。たとえば、管理職研修ではいまだに「女性の部下を持ちましたが、泣かれたらどうすればいいですか」という質問をする人が多い。優しさの裏返しかもしれませんが、その結果として「女性に大変な仕事をさせるのはかわいそうだ」と考え、交渉や折衝のような仕事は男性ばかりに任せる傾向もあります。
和泉 確かに、多くの場合、女性は管理職になるような育てられ方をしていません。
塩谷 女性の側の意識にも問題があります。たとえば、「リーダー」という言葉に対して抵抗がある人も多い。「女性リーダー育成研修」をしても、そもそもリーダーシップに対するモチベーションが低いんです。彼女たちには「リーダーシップ=人を引っ張っていくこと」という固定観念があり、自分もそうしなければならないと思い込んでいます。
和泉 その固定観念を捨てさせて、モチベーションを高めるための研修をするのですね。
塩谷 はい。リーダーシップにもいろいろなスタイルがあります。たとえば「サーバント・リーダーシップ」といい、部下それぞれが自分の力を発揮しやすい環境を作るために自分は何ができるかを考える、いわば縁の下の力持ちのようなスタイルもあります。
和泉 奉仕者(=サーバント)型のリーダーシップですね。実は私自身も、以前はリーダーシップに興味がありませんでした。だから、あるキャリア研修に参加し、おとなしそうな女性が「私はリーダーシップを取りたい」と言うのを聞いてビックリしたんです。当時の私は自分のパフォーマンスをあげることにしか興味がなかったからかもしれませんが・・(笑)。彼女が「私は人を引っ張っていくタイプのリーダーではなく、縁の下の力持ちを目指したい。まずは相手に奉仕し、しだいに信頼感が醸成され、いずれは私が何かを頼んだときに相手がノーと言わなくなるような、静かな影響力を持つ人になりたい」と話すのを聞き、リーダーシップの多様性に気づきました。いまの若い女性たちも、かつての私のような固定観念にとらわれているからリーダーになりたくないのかもしれません。
あなたの能力を生かすことがリーダーの第一歩!
塩谷 もちろん全員が管理職になる必要はありません。ですが、組織に5年、10年所属したら「自分の仕事だけ」では許されないと私は考えています。それは研修の場でも声を大にして言っています。
和泉 自分の仕事以外に組織全体を考える視点を持つ必要があるんですね。
塩谷 キャリア開発では、35歳以降の課題として「生殖性」といい、これまで培ってきた経験やそこで得た教訓を若手にも役立ててもらおうという意識を持つことが求められます。つまり、自分の能力資源を自身の職業人生だけでなく、他者のためにどう活かせるかを考えることが重要な課題になるんです。
和泉 それって、まさに「マネジメント」じゃないですか?
塩谷 そうです。
和泉 女性にはマネジメント能力が足りないと言われますが、若手の面倒を見ようとか、組織全体のパフォーマンスを向上させるために自分の能力資源を活かそうという考え方を持てるようになれば、その時点でリーダーとしての肩書きはなくても、リーダーとしての仕事をしているわけですね。
塩谷 それが「経営の視点に立つ」ことにつながります。
和泉 この機会に、そのような意識が醸成されていくといいですね。
まだ見ぬパートナーのために目の前のチャンスを放棄する?
和泉 加えて、女性はワーク・ライフ・バランスを保ちたい気持ちが強く、仕事上の責任が重くなることは人生の妨げになると考える人もいます。
塩谷 同感です。女性が管理職を敬遠する背景には、「役割葛藤」もあると思うんです。結婚して子どもを持つと、親と職業人という役割の両方が求められます。どちらも一生懸命やりたいけれど、どちらかができないのではないか、あるいは両方とも中途半端になるのではないかという葛藤が生まれる。それ以前の問題もあります。キャリア研修で将来のビジョンを描かせると、男性は描けるのに女性は描けない。理由を聞くと「結婚して、夫が転勤したらついていくことになるかもしれない」「子どもが生まれたら働けないかもしれない」と言うんです。
和泉 私がキャリア研修の講師をしたときも、「結婚したら相手が仕事に没頭できるよう、サポートしたい。自分が責任のある仕事を引き受けてしまうと、相手が転勤になったときについて行けないからイヤだ」と言った人がいました。でも、よくよく聞いてみると、まだ結婚も決まっていないし、恋人もいなかった…。
塩谷 そのくらい自分の人生への他者の影響が大きいのでしょうね。本来は、自分が何をしたいのか、どう生きたいのかを考えたうえで、どのような影響を受けそうかを考えるべきなんです。ところが、最初にどんな影響を受けるかを考えるから、本当に自分のやりたいことが考えられない。
和泉 その傾向はありますね。
塩谷 先ほど固定観念の話が出ましたが、多くの女性が「成功恐怖」という固定観念も持っています。これは、結果や成果を出すことで周囲から愛されなくなるのではないかという女性特有の意識です。男性は結果を出すことや管理職になることがステータスのひとつであり、手にいれたいと考えます。ところが、女性の場合は、手にしたいけれど、その結果として幸せになれないのではないかと考えがちです。
和泉 ジェーン・スーさんの著書に、「一般的に女性は子どものときから『カワイイ』と言われて育つ。だから『カワイイ』ことは生きる上で大切なこと、愛されるベースだと思っている。『カワイイ』には、小さい、弱い、庇護の対象という意味がある」とありました。それを読んで、なるほど!と思いましたね。管理職になってしまうと、庇護の対象ではいられなくなる。カワイイままでいられなくなるのです。
塩谷 管理職になると、孤独にもなりますしね(笑)。
和泉 確かに、孤独になるし、守ってももらえない(笑)。管理職になったら女としての幸せを手放さなければいけないという恐怖感があるのかもしれませんね。日本人女性は、私も含めてですが、どこか幼いところがあるように思います。そんなマインドを考慮せずに、たくさんの管理職を短期間で作ろうとしている。そこに大きな課題がありそうですね。
塩谷 自分がどのような働き方をしたいかという具体的なビジョンを持つと同時に、女性としてどう見られたいかということも考える必要があるのではないでしょうか。
子育てはマネジメントに通じる?
和泉 働き方のビジョンとどう見られたいのかが一致していることは大切ですが、公の場とプライベートでの振る舞いを分ける方法もありえます。言ってみれば、管理職という役割を演じる女優になる。ただ、その場合は心にさまざまな葛藤が起きる可能性もある。それを解消するには、社内の事情や仕事の内容に詳しい社内のメンターだけでなく、プライベートな悩みも打ち明けられる外部のメンターも必要でしょう。いずれにせよ、女性が管理職として活躍するには、さまざまな問題、課題、制約があります。それを組織全体でどう協力して、どう解決するかを考えなければ、女性活躍「2030」は成功しないと思います。
塩谷 それと、男性の方は意外に思うかもしれませんが、私自身の経験から言うと、子育て中に学んだ時間管理や感情コントロールは、仕事にも多いに役立つスキルなんです。また、子どもは同じように育てても性格が違ってきますから、当然、伝え方やアプローチの仕方もそれぞれに変える必要があります。それはマネジメントにも通じるものです。
和泉 管理職と親業には通じる部分が多そうですね。そう考えると、女性がキャリアで成功することと、プライベートで幸せになることは、両立できるはず。むしろ、それが可能な社会でなければ、成長戦略も少子化対策も成功しないのではないでしょうか。本日はありがとうございました。